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大阪在住のフリーター(22)、ただいまデザイナーになるべく勉強中。身近な話題から社会問題まで思いを綴ろうと思う。

【ヒトラー思想】なぜ人々はヒトラーを忘れられないのか

 

神奈川県相模原市で痛ましい事件がありました。

犯人はこの世に必要のない存在だと考え、殺人に及んだといいます。

本当にどうしてこうなってしまったのか、酷すぎる事件です。

私は最初この報道を聞いた時、ヒトラーみたいだなと感じたのですが、次から次えと増えるニュースの中で「ヒトラー思想が降りてきた」という文字を見かけビックリしました。

しかし、この「ヒトラー思想が降りてきた」という恐ろしい話を聞いて驚いた反面、ヒトラー思想について冷静に考えてしまいました。

どうして人はヒトラーを忘れられないのか

正直言って、今回は少し際どい話題です。

普通の人なら議論するほどのテーマでもないかもしれません。普通に考えればヒトラー思想に傾倒するなんて異常だと感じるでしょう。

しかし、今回の事件で、ヒトラーに惹かれてしまうという人は現在でも結構存在すると気づきました。

あり得ないと思われるかもしれませんが、変な言い方をすれば、それがヒトラーの魅力なのかもしれません。

もちろんここからする話題は、ヒトラーを礼賛するというものではありませんのでご了承ください。

 

 

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ヒトラー思想とは何なのか、どうしてかの大量虐殺や悍ましい行為をしたヒトラーに興味を持ってしまったのか。

私はヒトラーに傾倒している訳ではありませんし、危険な思想を持っているとも思っていませんが、自分からヒトラーナチスに関する書籍や作品に目を通してきました。大学の講義でもこのテーマを聴きました。先日も映画『帰ってきたヒトラー』を観に行ってきたばかりです。

あらゆる作品を見ても、疑問が増えるばかりですし、議論が絶えません。おそらく、惹かれるところがあるのでしょう。

 

もう一度言いますが、この記事は別に「ヒトラーは凄い」「ヒトラー思想に好意を持ちましょう」とヒトラーを礼賛したい訳ではありません。そこだけはハッキリしておきます。

 

 

なぜ私はヒトラーに興味を持ってしまったのか。

それはごく単純な疑問からでした。

私は、ヒトラー=ドイツ人として見てきました。しかし、大学でヒトラーの生い立ちについて講義を受けていた時、生まれも育ちもオーストリアだということを知ったのです。

『つまりそれって、ヒトラーはドイツ人じゃなくてオーストリア人ってこと⁉︎』と衝撃を受けた瞬間でした。

※まぁ正確に言えば、当時オーストリア・ハンガリー帝国ドイツ帝国と国は違えど同民族であるドイツ人が支配しているというのが歴史上の考えなので、ドイツ人というのもあながち間違えではないんですが…

そんな衝撃に加え、彼は「オーストリアの徴兵制度が嫌で逃げ回わるのに、第一次世界大戦ではドイツ兵として戦いたいと言い出す。」という話を聞いて、私は疑問に思いました。

「なんでわざわざ逃げといてドイツで志願したんだ、しかもオーストリア人なのに」

この疑問の答えは、「ヒトラー大ドイツ主義に傾倒していた」ということに落ち着いたのですが、私がヒトラーに興味を抱いたのはこんな単純な疑問からでした。

 私も、この疑問からヒトラーを忘れられない一人になりました。

 

なぜ人々はヒトラーを忘れられないのか

独裁者アドルフ・ヒトラーはユダヤ人を迫害する前、ロマ,障害者,精神異常者,同性愛者,異端者などを収容所送りにしてきました。

社会不適合者とレッテルを貼り、社会から排除しようとしたのです。

これは信じられない非人道的行為です。

ですが、私は今までヒトラーに関することを見聞きしている内に、このような行為における彼の主張を理解できるようになってしまいました。

ヒトラーは間違ったことを言っていない。

そう感じたのです。

この言葉を聞いて耳を疑う方もいらっしゃるでしょう。

信じがたい発言ですし、『レイシストめ‼』と言いたくなる気持ちもわかります。

しかし、ヒトラーは国民を脅かす存在を排除し、ドイツのことを想い、ドイツを守るために行動しました。もちろん私はヒトラー本人ではありませんから、この考えの真相はわかりませんが、国民から搾取する政治家や環境汚染問題に声をあげろというのは普通の行為と思えるのです。

だから、人間がすべきでない非道な行為ですが、理にはかなっていると思います。

正直、今でも私はそう考えています。

これまでの歴史上、最も極悪非道な人物として挙げられたりもしますが、なぜ当時のドイツ国民が全員とはいかなくとも指導者としてヒトラーに賛同できたかを考えればわかると思います。おそらく、当時の人々も理にかなっていると感じたのからでしょう。

私自身「理にかなっているから、何をしてもいいという訳ではない」とわかっています。

だから、今回の相模原市の事件も批判できるのですが…

ただ、ヒトラーの主張が理解できるとはいえ、彼は多くの非人道的行為をしました。

おそらくヒトラーは、ある大切なことが欠けていたんだと思います。

大ドイツ主義,反ユダヤ主義に傾倒していたあたりから徐々に失ったのかもしれませんが…

欠けていたものは理性です。人間が失ってはならない理性が欠けていたんだと思います。

理性があれば、倫理観があれば、利害のために人々の命を奪う権利はありません。

何をどう考えるかは個人の自由ですから、マイノリティを邪魔な存在だと考えるのは勝手ですが、彼らを排除する権利はありません。

 

ヒトラーは理にかなっているという話が逸れてしまいました…。

少しでも人として大切な部分が欠けていたり、危険な思想に傾倒しすぎると周りが見えなくなります。

人はどこかで間違っていると分かっていても、筋が通っているの思ってしまえば、それを盾にすることができます。

ヒトラーを支持した人々も、まさか恐ろしいことに加担してるとは思わなかったのでしょう。

それがまさに恐ろしい部分です。

最初は単にヒトラーのカリスマ性や愛国的な主張に賛同していただけなのに、気がつかないうちにその愛国心が武器となっていた。

それだけ、ヒトラーは人を扇動する力があったんだと思います。

そして、そうしたヒトラーの姿が今も見えない形で私たちの周りに存在しているんだと思います。

某国の差別主義的な発言で物議を醸す大統領候補がいい例で、姿形が見えないだけで、ヒトラーを感じさせます。世界でも暴言ともいえるような発言で国民を動かそうとする動きも増えています。

ヒトラーを忘れているつもりでも、実際のところ忘れられていないと思います。

ある意味、ヒトラーは人間の痛いところを突いています。

どこかで間違いだと認識していても、認めざるをえない。

ヒトラー思想を匂わす存在がある限り、忘れられません。

人々はヒトラーを忘れられない。

忘れようとしても、どこかでヒトラーを感じてしまうのです。

 

最後に

私は、「アドルフ・ヒトラーはこの世に存在すべきでなかった人物だ」と思っています。
これほど人を惹きつけ、人を動かし、人を迷わす人物はいないからです。

しかし、だからこそ、知るべきだと思うんです。

間違いから、失敗から、学ぶべきことはたくさんあります。

世の中にはもっと愛国心を持てという人がいるでしょう。

祖国に忠実であれ、忠誠を誓え、愛せ

今はそんなことを思って生きている人は少ないでしょう。

そう語る人々が、愛国心も度が過ぎると恐ろしいことになると分かっていればいいのですが、 知らないうちに過度の愛国心を叩き込まれているとしたら恐ろしくてたまりません。

国を想うなと言いたいのではありませんが、何事も言いなりになるのではなく、節度を持って考える事が大切かなと思います。

こういったタブーな議論をやめてしまうと、もはや生ける屍ですからね。

 

危険な道に進むか進まないかは「教養」の有無が鍵を握っていると思っていましたが、ISISによって日本人の方々が殺害されたバングラデシュの事件以来、その考えも砕け散りました。詳しくは、また別の記事であげようと思いますが、とても難しい問題ですね。

危険だと分かっていても知りたくなるのが人間です。危険とはいえその情報をどうするかは自分次第です。私的には、ヒトラーナチスから学ぶことが多いですし、そこから今の社会を考えて良くするということも出来るはずですし、本当にどう処理するかは自分次第だと思っています。 

 

私たちはヒトラーを忘れることはないでしょう

なぜ人々はヒトラーを忘れられないのか

それは、見えない形で今も残っているから。

 

そして、ヒトラー思想から学ぶとすれば

なぜ人々はヒトラーを忘れられないのか

それは忘れてはいけない存在だから。